浜島はそこで幾分姿勢を正し、眼鏡をズリあげた。
「では直近のお話から述べましょう。このような写真が流れているのをご存知ですか?」
携帯を取り出し、ボタンを操作し、ゆっくりと差し出す。詩織はそれを受け取ろうとはせず、視線だけで確認する。
「知りませんわ」
「写っているのはお嬢さんですね?」
「そのようね」
「もう一人は? ご存知ですか?」
詩織はもう一度画面に視線を投げ、そうして煙を吐き出した。
「山脇という生徒ですわね。確か美鶴と同じ学年」
浜島の視線を真正面から堂々と受ける。
「会った事はありますわ」
「このような写真が流れるという事を、どう思われます?」
詩織の口元が少し緩む。
「年頃ですもの」
「それは一般論です」
浜島は携帯を引っ込め、強い口調で断言する。
「一般的な社会ではそれで通るかもしれません」
憤りを含める。
「だが、二人は由緒正しき唐渓高校の生徒です。このような行動、認められるはずがありません」
詩織は黙って腕を胸の前で組む。
「しかも相手は山脇瑠駆真という生徒。身分を隠しての高貴な存在」
「あら、瑠駆真くんって、そんなに立派な家の子だったの? 普通の子に見えたけど」
「失礼ですが、あなたのような人間が軽々しく瑠駆真くんなどと呼んでよい人間ではないと思いますよ」
あなたのように、このような職業に身を堕とした人間が。
詩織は苦笑して肩を竦めた。
「話の意図が見えませんわ」
「では率直に申しましょう。これ以上お嬢さんがなにか問題を起こされるようならば、こちらでお預かりする事はできない」
春には麻薬事件に巻き込まれ、夏には中学時代の同級生による監禁事件。秋になれば下級生への暴行疑惑が飛び出し、そして今回の写メ事件。普段でさえ、男子生徒二人からの好意を受けているとかいないとかで常に注目も集めているし、その言動から他の生徒との間に確執もある。
眼鏡のフレームが光る。
「唐渓は、厳格な秩序の下に品行方正な生徒が慎ましく勉学に励む学び舎。礼儀を弁えず常識を軽んじ、自由奔放に我が欲のみを追いかけ回す一般的な学校だとは思っていただきたくはない」
「ご立派な学校であるという事は、入学当時から知っていますわ」
「ならば、お嬢さんがこの唐渓にどれほどふさわしくない存在かという事も、おわかりかと」
詩織は真っ暗な天を仰ぐ。晴れてはいるが、星なんて見えやしない。
「脅しですか?」
「忠告です」
二人の視線がぶつかる。
「保護者の方へ脅しだなどといった事はしません。これはただの忠告であり助言です」
「助言?」
「そうです。無事卒業したくば、これ以上の問題はご法度だと」
「お言葉ですが、常に娘が悪だとは限らないでしょう?」
そんな詩織の言葉を、浜島はせせら笑う。ゆっくりと、携帯を内ポケットへ仕舞う。
このような相手に礼儀など不要だ。所詮、礼儀など知りもしないのだから。
「事件の原因であり中心である事には間違いないのですよ」
それは、否定など許さない確固たる口調。
「お嬢さんさえいなければ、唐渓はもっと平和で穏便な学び舎になるのです。悪ではないかもしれませんが、そうですな、トラブルメイカーとでも言えばよいですかな。要は人望が無さ過ぎるのですよ」
保護者を前によくもそこまでズバズバと言えるものだ。
詩織は感服する。
「我が唐渓に通う生徒は、みなそれぞれ社会に出た後にはそれなりの地位や立場で日本や、世界を牽引していかなければならない人材。このように事件を頻発させるような存在は、そもそも唐渓には似つかわしくはないのですよ」
お分かりですか? といいた気な視線。
「ですから、もしこれ以上問題を起こすような事があるならば、お嬢さんには退学していただく事もあり得ます。さきほども申しましたが、これは助言です。そもそも唐渓という学校は、お嬢さんには不向きな場所なのですよ。もっと適した学校はこの世の中にはたくさんある。そういった場所へ移られる方が、双方のためでもあるとは思うのですがね」
「お言葉だけはありがたく受け取っておきますわ」
煙を吐き出し、ニッコリと笑う。
「でも、唐渓への入学を希望したのは娘ですからね」
「こちらとしても、最大の寛容を持ってその意思は尊重いたします。今すぐにとは言いません。ただし次に何か大事を起こした時には」
浜島はその先の言葉を口にはせず、瞳を細めた。
「少し、話が長引きましたな。手短にとの事でしたのに、これは失礼致しました」
そうして仰々しく会釈をし、クルリと背を向ける。
「あら、もうお帰り?」
「えぇ、本日は本当にただの助言の為でしたので。ではお仕事中、失礼致しました」
そうしてゆったりとした足どりで立ち去ろうとし、だがふと立ち止まった。思い出したかのように振り返る。
「そういえば、お嬢さんの進路の件についてですが」
「進路?」
「えぇ、春からの担任との二者面談に、あなたは一度も応じてはおられないようだ」
「あら、だって美鶴の進路でしょう? 担任と私との二者でだなんて、奇妙ですわ。決めるのは美鶴ですもの」
「つまりあなたは、お嬢さんの進路に関しては口を出すつもりはない、とおっしゃるのですね?」
「まぁ、そういう事にはなりますよね。よっぽど突飛な進路ではない限りね」
詩織は、高校進学の時もそうだった。唐渓に行きたいと言い出した美鶴を、反対はしなかった。
「美鶴の意思は、最大限尊重いたしますわ」
「そうですか」
ニヤリと歪められた浜島の薄笑いは、暗闇に紛れて詩織にまでは届かない。
バカめ。この唐渓において、生徒に進路の決定権など無いのだよ。生徒の進路を決めるのは学校と保護者。その一方である保護者がその権利を放棄すると言うのなら、あとは学校側が自由に決められる。
彼女の成績は学年トップだ。その学力、唐渓の名声のために使わせてもらう。もともとそのつもりで在籍させているのだ。でなければ誰がこんな問題児など。
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